内部障害とは、心臓・肺・肝臓・腎臓・消化管などの内部臓器の障害を指します。リハビリテーションというと、骨折や脳卒中といった整形外科疾患、神経疾患で歩行訓練などの治療風景を思い浮かべる方が多いでしょう。
確かにリハビリテーションでは、日常生活の中で歩く、服を着替える、食事をする、排泄をするといった目に見える動作の障害に対して治療を行う印象が強いので、内部臓器とリハビリテーションという言葉との組み合わせは、おそらく多くの方はイメージがわかないと思います。
私たちは、歩けない、走れない、重度障害の方でも心地よく利用できる入浴やサウナ、温泉といった温熱を、臓器の機能維持・改善に治療として用いるために、熱が人の体に及ぼす影響について深く掘り下げています。
内部障害リハビリテーション研究室
代表 飯山準一
なぜ湯冷めをすると風邪をひきやすいのでしょうか。なぜ打撲や捻挫の直後に温めるより冷やした方が良いのでしょうか。古くから全身や局所を温めたり、冷やしたり、様々な医療の現場や民間療法で行われてきました。しかしこれら温熱・冷熱と身体のメカニズムの関連については未だ解明されていません。
私たちの研究室では、入浴やサウナといった全身温熱を内部臓器のリハビリテーションに活用するために、温熱が臓器の細胞にどのようなメカニズムで影響を及ぼしているか、分子レベルでの解明を目指した研究を行っています。
多くの方が唐辛子の辛味成分であるカプサイシンのことは聞き覚えがあると思います。唐辛子の効いた料理を食べたときの辛さを、英語では”hot”と表現しますが、実はこのカプサイシンは体内の温度センサーを刺激する物質だったのです。体内には様々なセンサーがあり、受容体と呼ばれますが、この温熱受容体の存在が1997年に報告されて以降、温度を感じる多くの受容体が細胞の表面上に存在することが明らかになりました。かつては温度を感じるのは感覚神経のみと思われていましたが、感覚神経だけではなく様々な臓器の細胞にも存在し、細胞レベルでそれぞれ異なった反応をしていることも明らかになってきました。
私たちは、このメカニズムをそれぞれの臓器で、細かに明らかにしていくことで、薬物ではなく身近な熱を用いて、全身や局所の治療に活かせるのではないかと考えています。“千里の道も一歩から”、遠い道のりですが、ほっこりと温まり、心地よい温泉やお風呂、サウナを上手に使うことで、健康の維持や増進、そして病気の治療に使えるとしたら素敵だと思いませんか。少ないメンバーですが、身近な温熱による非薬物療法確立を目指して、皆で力を合わせてブレークスルーのチャンスを狙いたいと思います。
内部障害とは、心臓・肺・肝臓・腎臓・消化管などの内部臓器の障害を指します。リハビリテーションというと、骨折や脳卒中といった整形外科疾患、神経疾患で歩行訓練などの治療風景を思い浮かべる方が多いでしょう。確かにリハビリテーションというと、日常生活の中で、歩く、服を着替える、食事をする、排泄をするといった目に見える動作の障害に対して治療を行う印象が強いので、内部臓器とリハビリテーションという言葉の組み合わせからは、どのようなことをするのかイメージがわかないと思います。
リハビリテーションでは、様々な病気やケガの後に、もう一度普段の生活、自分の生活に戻るための機能回復を目指します。また回復困難な後遺症がある場合は、いろいろな器具や機器を工夫して、その障害を乗り越えます。リハビリテーションで対象となる病気はインフルエンザや風邪のような一過性の体調不良以外、ありとあらゆる病気やケガが対象となります。
近年は、分子レベルの基礎研究や工学技術が発展したおかげで、多くの治療薬や新たな手術方法が開発されています。その一方で薬や手術のみでの治療の限界も見えてきました。例えば、心臓移植のおかげで命は生き永らえたけれども、手術の前後にベッド上で動けない状態が長く続くと肺の機能も落ち、全身の筋力も落ち、なかなか普段の生活へ戻れないといった状態になってしまいます。術前術後にリハビリテーションを行うことで、体のコンディションを整え、日常生活や社会生活に復帰することができるのです。
具体的には、他の病気と同じように、傷や心肺機能に負担のない範囲で基本的な動作のトレーニングに始まり、許容範囲内で運動や可能な作業のレベルを拡大していきます。また運動療法や作業療法に加えて、熱・電気・振動・光などの物理刺激を用いた物理療法を治療手段として用います。
リハビリテーションの治療は理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が主になって実施します。その治療手段の中に、古くから使われる治療法として温熱療法があります。温めることで硬くなった筋肉や関節を柔らかくし、痛みも和らげます。普段お風呂やサウナを体験することで、皆さんも気持ちをリフレッシュできる、痛みが和らぐなどの効果を経験したことがあると思います。温めることで血流が良くなることもご存じなのではないでしょうか。これまで、長い歴史の中で積み重ねられた経験をもとに治療が実施されてきました。
私たちはその温熱が、身体にどのようなメカニズムで影響を及ぼしているのか、分子メカニズムの解明を目指しています。私たちの細胞には温熱受容体という温度センサーが存在します。私たちは感覚神経を通して寒い、温かい、暑いといった温度を感じますが、この温度センサーは感覚神経の細胞だけでなく、様々な内部臓器の細胞にも存在しています。つまり、私たちが感覚的に温度を感じていなくても、体の中の細胞は温度に応じて様々な変化を生じていると考えられます。
私たちは、入浴やサウナなど、日常の生活習慣が内部障害に与える影響を明らかにするとともに、温熱や冷熱を治療としてもっと積極的に活用する方法を研究しています。温めることは、ただ単に心地よいだけや、リラックス、リフレッシュできるだけではないのです。入浴やサウナは日々の習慣の一つとして、食事、運動、睡眠などと同様に私たちの健康に大きく関与していると考えられます。
私たちは、動物を用いた基礎研究を中心に、人を対象とした疫学研究や臨床的研究を行っています。基本的な姿勢として、研究成果を臨床にどう活かすか、臨床に活かすためにはどんな研究が必要かを常に考えて取り組んでいます。
温熱は、熱の強さ・熱を加えるタイミングや頻度など、使い方によって、体にとって害にもなれば、有益なものにもなります。まず、私たちは、深部体温を約1℃上昇させることで血管の内皮機能を改善し、心不全の方の心臓の負担を軽くする「和温療法」を、腎不全モデルマウスに適応して、4週間経過を観察しました。全身を加温すると血圧が低下するため腎臓の負担は軽くなりますが、血圧の影響を調整した場合にも腎臓の負担は軽くなりました。アルブミン尿・クレアチニン値など腎不全を示す値は、何もしなかった腎不全モデルマウスと比較して、有意に軽減しました。また、脱水は腎不全を悪化させる要因であり、この実験においても、熱による水分損失の管理が大変重要であると分かりました。
腎臓でろ過された血漿(ろ液)には、体にとって必要な糖や電解質などの成分も含まれており、それらは尿細管で再吸収されます。腎不全では尿細管の機能も低下しますが、温熱を繰り返し行うと、尿細管機能が比較的保たれていました。そこで、尿細管傷害を主とするシスプラチン腎症モデルマウスを用いて、急性腎障害に対する単回の温熱効果について確認しました。シスプラチンとは広く使用されている抗がん剤のひとつであり、副作用として腎障害があります。実験を行うと、温熱によってシスプラチン腎症が軽減するときと悪化するときがありました。ここでも温熱による水分損失を補わなければ、悪化することが確認されました。
また、温熱を実施してからシスプラチンを投与するまでの時間が短ければ、あまり良い効果は期待できないことも分かりました。この実験では、4~6時間前に温熱をプレコンディショニングとして実施したときに、シスプラチン腎症を軽減しました。シスプラチンは腎臓で炎症反応を誘発しますが、事前に全身を温めておくと、この炎症反応は軽減していました。おそらく温熱によるプレコンディショニングは、腎臓にある程度のストレスを与えることで、それに抵抗する力、例えば熱ショックタンパク質(heat shock protein, HSP)の活性などが、腎臓耐性を高めることにつながっていると思われます。実際に温熱を実施した後には熱ショックタンパク質(HSP27やHPSP70)の発現の増加が確認されました。
私たちは、こうした基礎実験を積み重ねて、これまで温熱治療の対象とされてこなかった腎障害や他の内部障害への応用を開拓しています。